小咄いろいろ。(1)



ふくろ The Sack

ある日のこと、ムッラーは道ばたをとぼとぼと歩くしかめっつらの男に出くわしました。

「いったいどうしたのかね?悩みがあるなら言ってごらん」ムッラーはそうたずねました。

男は持っていた袋をムッラーの眼の高さまで持ち上げて、 ー

「世界はこんなにも広くて,空はあんなにも高いというのに、私が手に入れたものと言えば、みじめさがいっぱい詰まったこのおんぼろのズタ袋ただひとつだけなのですからね」ーそう答えました。

「そいつは残念」ムッラーはそう言うと、男の手から袋をひったくり、一目散に道を走り去ってしまいました。

全てを失ってしまった男はぼろぼろと大泣きしました。以前よりさらにみじめなありさまで、男はとぼとぼと歩きました。

その間にも、ムッラーは大急ぎで走って先回りし、少し曲がったところで、道のまんなかに男からひったくった袋を置きました。

後からとぼとぼと歩いてきた男は、道のまんなかに自分の袋がぽつんと置いてあるのを見つけて大喜びしました。「私の袋!私の袋!ああ、もう何もかも無くしたとばかり思ったのに!」

道ばたの茂みの中で,こっそりとその様子を見ていたムッラーは、「ま、これもまた誰かを幸せにする一つの方法というものだよ」と忍び笑いをもらしました。



2003.**.

※ムッラーとは、イスラームで言うところの「お坊さん」のこと。

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三人の旅人の物語 Tale of Three Travelers

身も心もくたくたになるような長旅を続けていた三人の旅人がいた。三人は旅を通じてお互い知り合いになり、仲間となって一緒に旅をすることになった。それからというもの、三人は楽しみもまた悲しみも共に分かち合った。そればかりではない。財布も共有するようになった。

それからしばらく旅を続けているうちに、財布の中味もすっかり空っぽになり、しまいには、お互いに持ち合わせているものはパンがひとつと、コップ一杯分の水だけだということに気付いた。

このとぼしい食料について、誰がそれを所有するか三人は激しく議論した。ついにはつかみ合いの喧嘩となったが、それでもこの問題については全く解決の見通しがたたない。そこで三人で分け合おうという結論に達したものの、どのように分配するかでさらに議論は白熱した。

そうこうしているうちに夕闇が彼らを包み込んだ。旅人のうち一人が、議論をいったん終了して眠りにつくことを提案した。そして三人が目覚めたとき、彼らのうち最も注目に値する夢を見た者が今後どうすべきか決定することでお互いに同意し眠りについた。

翌朝、太陽が昇り三人は目覚めて起き上がった。「私の見た夢はこうだ」一人めの旅人が言った。

「私は不可思議の力で、ここからはるか遠くの国に連れて行かれた。私はその国を見て言葉を失った、なぜなら言葉では言い尽くせぬほどに素晴らしかったからだ。私はその国で物腰おだやかな賢者に出会った。賢者は私に、『そなたこそは食物の所有者に値する、なぜならそなたは過去も未来も、賞讃に値する素晴らしい人物だからじゃ』と言った」

「なんと奇妙なことだ」二人めの旅人が言った。

「私は夢の中で、実際に自分の過去と未来を全てこの眼で見て来ました。私の未来に、偉大な賢者が現れてこう言いましたよ、『そなたの旅仲間よりも、そなたこそはパンと水にふさわしい。なぜならそなたの方が賢く、また忍耐強く、優れているからじゃ。そなたこそ旅仲間たちを指揮するのにふさわしく、そのためにも栄養をたっぷりと取っておく必要がある』と」

三人めの旅人が言った。

「夢の中で、私は何も見なかったし何も聞かなかった、何も言わなかった。すると私に目覚めるよう強く促す何か不思議な恐ろしい力を感じた。その力は私を目覚めさせると、食物を探すよう命じた。そこでパンと水があったので急いで食べ、飲んだ。するとその力は去って行った。それで私は安心して再び眠りについた」

それを聞いた残る二人は激怒し、不思議な恐ろしい力に襲われたときに何故二人を呼ばなかったのかと問いつめた。

「呼んだとも!」三人めの旅人は答えた。

「だがおまえはここからはるか遠くの国に行っていたし、またおまえは今よりもずっと昔の方へ行ってしまっていたんだ。私がおまえたちを呼ぶ声なんか、聞こえなかったのだろう」



2007.08.

※シャッターリーというインドのお坊さんが最初に語ったお話とされている。ムガール帝国のフマユーンという王様の先生だったひと。1563年没。

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豆と酢のスープ Bean and Vinegar

ある靴屋がひどい胃痛に悩まされていた。そこで彼は地元の医者のところへ駆け込んだ。医者は注意深くありとあらゆる診察を施したが、靴屋を助けることのできる治療法を、全く見つけることができなかった。

「先生、私の胃痛を直す方法はありますか?」靴屋は心配になり医者に尋ねた。

「悲しいことに、」医者は言った。「今の病状を楽にするための治療法も薬も、全く見つかりません。そもそも何が原因の胃痛なのかも分かりません」

重苦しい空気が診察室に漂った。靴屋は深くためいきをつき、こう言った。

「さて、手の施しようがないと言われてしまっては仕方が無い。家に帰って、死を迎える準備をしましょう。ところで私にはひとつだけ望みがあるのです。大きな鍋にレンズ豆を2ポンドと酢を1ガロン入れたスープをたっぷり作って、それを一人で全部たいらげたい。これがこの世での、私の最後の晩飯です」

医者は肩をすくめて言った。「その考えにはあまり同意できませんね。だがそうすることが良いとあなたが思うのなら、どうぞ試してみてください」

その夜、医者は一睡もせずに、危篤の状態に陥った靴屋がかつぎこまれてくるのを待っていた。ところが翌朝、すっかり回復して元気いっぱいの靴屋を見て医者は驚いた。医者はその日の日誌に書き付けた。

「靴屋が重病を抱えてやって来た。治療法も薬の処方箋もなかったが、レンズ豆2ポンドと酢1ガロンのスープによって彼は奇跡的に回復した」

それから数日後、仕立て屋が重病を抱えて医者のところへやって来た。今度も手の施しようがなく、あきらめた医者は何の治療法も薬もないことを仕立て屋に告げた。「先生、頼みますよ!本当に他に何か考えられる手当はないんですか?」仕立て屋は痛みのあまり泣きながら大声で叫んだ。

医者はほんの少し考えてからこう言った。「いいえ。ただ、先日も同じような痛みを訴えてここへ来た靴屋がいました。彼の場合は、レンズ豆2ポンドと酢1ガロンのスープで回復しました」

「そんな奇妙な治療法ってあるんですかね?聞いたこともありませんが、でもまあとにかく試してみます」仕立て屋はそう言って、その夜レンズ豆と酢のスープを食べたが、残念なことに、翌日彼はさらにひどい痛みに苦しんだ。医者はその日の日誌に書き付けた。

「仕立て屋が重病を抱えてやってきた。治療法も薬の処方箋もなかったが、レンズ豆2ポンドと酢1ガロンのスープによって症状はさらに悪化した。靴屋に効果があっても、仕立て屋にも同じ効果があるとは言えない」



2007.08.

※ペルシアの昔話。

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あかりはふたつ The Two Lights

昔々、どこか遠くの土地にネルという名の娘がいた。ネルは生まれた土地を遠く離れて、あちこちの村を旅していた。博識で名高いとある賢者を探して旅をしていたのだった。

ネルがある村にたどりつくと、目当ての賢者はその村近くの山の中に住んでいるとのはなしだった。すでに夜も更けあたりは真っ暗闇だったが、ネルは山を目指して歩き始めた。ちょうど山の中腹あたりに、確かに明るい光が見える。そこに賢者がいるに違いない、とネルは思った。

彼女がようやく光のところまで登りついたとき、そこには煌々と燃えるランプがひとつと、その周囲を飛び回る蛾たちの姿があるだけで、他には誰もいなかった。ネルは驚いたが、そのうち周囲の暗闇にも眼が慣れてきた。あたりを注意深く見渡すと、ランプから離れたところに、もうひとつ、こちらはランプよりもはるかに弱々しい微かな光があることに気がついた。ネルがその光の近くまで歩いて行くと、そこにはろうそくを灯して書物を読む賢者の姿があった。

ネルは彼にお辞儀をし、それから質問した。「なぜこのような暗がりに座っていらっしゃるのですか?あちらの方が、よっぽど明るいのに」

賢者はネルの質問にこう答えた。「見ての通り、明るい光は蛾たちのために置いてある。それで私がろうそくの光でこのように学んでいる間も、決して邪魔はされない」



2003.**.

※「光」と「蛾」を題材にした物語は沢山ある。

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