"Selected Poems of Rumi" Jalal al-Din Rumi, Maulana : R.A.Nicholson
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『ルーミー詩撰』 メヴラーナ・ジェラールッディーン・ルーミー
「天の梯子」1
肉体に備わる感覚は、現世へと至る梯子である。
宗教に関わる感覚は、来世へと至る梯子である。
前者の幸福については、良き医師を探し求めよ。
後者の幸福については、最愛の者を探し求めよ。2
霊的成長の道は、肉体を放棄することに始まる。
真の繁栄は、廃墟と化した跡地にこそ齎される。
家屋を取り壊して、地下に眠る黄金の財を掘れ。
財宝を用いれば、前よりも優れた屋敷が建とう。3
水の流れを塞き止め、川床に溜まる汚泥を浚え。
川床が浄められた後で、再び飲み水を呼び込め。4
槍や矢尻を取り除くためには、皮膚を切り裂け。
傷は、やがて新しい皮膚によって塞がるだろう。
神の御業はある時はかくのごとく起ち顕われる。
だが別の時には、正反対の様相で起ち顕われる。
全くもって宗教の道とは、当惑の道に他ならぬ。
惑うと言っても、神に背く類いのそれとは違う。
当惑の道は恍惚の道、無我夢中で神を追い求め、
溺れきって、最愛の者に酔いしれることを指す。6
ある者は、その顔を最愛の者の方へと向けるが、
別の者は、その顔を自分自身の方へのみ向ける。
誰であれ人の顔は、時間をかけてよく観察せよ。
奉仕をしようという時は、じっくりと見比べよ、
真の聖者の顔を、見分けられるようになるまで。
この世には、アダムの顔を持つ悪魔が大勢いる。
あなたの手を、誰かれ構わず委ねてはいけない。
鳥撃ちは、鳥をおびき寄せるために口笛を吹く。
それを聞き、鳥は仲間と想い空から舞い降りる。
舞い降りてみて、初めて鳥は知ることになろう、
待ち受けていたのが、罠と短剣であったことを。
下劣な者もこれと同じで、彼らは口笛どころか、
ダルヴィーシュ達の語る言葉の数々を盗み取る。
盗んだ言葉で無知な者を誘惑し、欺こうとする。
聖なる人々が為す仕事は、まるで光と熱のよう。
不信の輩が為す仕事は、恥知らずの詐欺である。
2011.02.
2010.05.
*1 『精神的マスナヴィー』1-303.
*2 「最愛の者」とは、聖なる魂の癒し手である。
*3 まるで家の床下に隠された宝物のように、人間の精神的本質は、その物質的性質の中に埋葬されて眠っている。
*4 欲望や熱狂、あらゆる感覚的思考という「水」を塞き止めない限り、心の浄化を始めることは不可能である。
*5 ガッザーリーは肉体を要塞たとえた。神は理性的な精神あるいは合理的な魂をそこに置き、「不信」の異教徒、すなわち利己的な欲望に対する守りとなるように命じた。もしも邪悪な熱情によって占拠されているならば、精神はそれを追放し、破壊した上で、今度こそ難攻不落の要塞を築き上げねばならない。
*6 明らかに矛盾する神の行為の顕現を目の当たりにするとき、論理を重んじる理性は、熟考の末に当惑に陥らざるを得ない。ただし無知と過誤ゆえに道に迷う宗教上の偽善者のそれと、神の光に接近したがゆえに目が眩んだ神秘主義者の当惑(hayrat)とを混同してはならない。
『ルーミー詩撰』 メヴラーナ・ジェラールッディーン・ルーミー